「洗心術」とは
心のこだわりを手放し、本来の自分に戻ること
日々の出来事にとらわれたり、人の言葉や評価が気になったり、まだ起きていないことを不安に思ったり。
知らず知らずのうちに、私たちの心にはさまざまな「こだわり」が積み重なっていきます。
早島妙聴学長の洗心術講座(道家道学院の風景)
「洗心術」は、早島妙聴学長との対話を通して、そうした心のこだわりや滞りに気づき、少しずつ手放していく心のトレーニングです。
心を洗い、本来の素直で自然な自分へ。
それが「洗心術」です。
自然な心とは、こだわりのない素直な心
私たちの心が苦しくなる原因のひとつに、「我執(がしゅう)」があります。
我執とは、「我に執着すること」。
そんな思いにとらわれることで、心は自然な状態から離れ、滞りやよどみが生まれていきます。
洗心術では、自分自身の心にある「我執」に気づき、こだわりを少しずつ手放していくことを大切にします。
握りしめるから、苦しくなる
たとえば、オレンジを手に取る。
次にリンゴも欲しくなり、両手に持つ。
さらにバナナも欲しくなる。
けれど、手は二つしかありません。
それでも、オレンジもリンゴも手放したくない。でも、バナナも欲しい。
その「全部を手に入れたい」という執着が、自分自身を苦しくしていきます。
もし本当にバナナが欲しいなら、オレンジかリンゴをひとつ手放せばいい。
とてもシンプルなことです。
けれど私たちは、一度手にしたものを手放すことが、なかなかできません。
洗心術では、こうした身近な例を通して、自分の心にある「我執」に気づいていきます。
「足るを知る」
今ある幸せを大切にする
無為自然に生きるTAOでは、「足るを知る」ことを大切にします。
今、自分が持っているものを大切にする。
精一杯努力して得られたものに満足する。
そして、今日という一日を明るく楽しく生きる。
もっと欲しいものがあるなら、また明日、努力すればいい。
今あるものに満足し、
満たされた心で「今」を楽しむこと。
それが、限りある人生の一日一日を
無為自然に生きることへとつながっていきます。
竹林の七賢のように、語り合いながら心をほどく
古代中国には、老子・荘子の思想を好み、世俗の肩書きや地位、常識にとらわれず、自由な生き方を求めた人々がいました。
「竹林の七賢」と呼ばれる人々です。
彼らは竹林に集まり、酒を酌み交わしながら、時代や社会、生き方について自由に語り合ったと伝えられています。
道家道学院の洗心術も、一方的に教えを聞くだけの講座ではありません。
早島妙聴学長との対話を通して、日々感じていることや、悩み、心のつかえなどについて語りながら、自分自身の心を見つめていきます。
話しているうちに、「こうでなくてはいけない」「こうするのが当たり前」と思い込んでいた心のこだわりが、自然とほどけていきます。
よどみのない、自由な心へ
水が高いところから低いところへ、さらさらと流れていくように。
心の滞りやつかえがほどけることで、本来の自然で素直な心へと戻っていきます。
心を洗うことで、こだわりのない、素直で自由な心を育んでいきます。
心を洗い、「無為自然」の生き方へ
洗心術は、我執にとらわれ、滞っている心を、早島妙聴学長との対話を通して見つめ、少しずつ洗っていく心のトレーニングです。
怒りや不安、イライラや悩みに振り回されるのではなく、本来の素直で、明るく、生き生きとした自分へ。
心のこだわりを手放しながら、「無為自然」というTAO(道)の生き方を、日々の暮らしの中で実践していきます。
「洗心術」講座で学長に質問している生徒の写真
心を洗って、もっと自由な自分へ
過去にとらわれすぎず、未来を心配しすぎず、今を、明るく、楽しく、自分らしく生きていく。
心のこだわりを手放すことで、人との関わり方も、毎日の過ごし方も変わっていきます。
心を洗い、本来のあなたへ。
洗心術から、新しい一歩を始めてみませんか。
※洗心術は単独の講座ではなく、
「TAO本コース(プレミアム)」
「TAO本コース」
「ウエルネスコース」
の中で学んでいただく講座です。
まずは体験レッスンを受けていただき、その後、各コースへお進みいただくことで受講いただけます。